キューバ革命
その後、弁護士だったフィデル・カストロ率いる青年たちがバティスタを倒すためにモンカダ兵営襲撃をしたのですが、失敗。関係者は投獄されました。
その後バティスタの再選にともなってフィデル・カストロは恩赦を与えられて出獄すると反政府組織「7月26日運動(M26)」を結成し同志とともにメキシコに亡命しました。カストロらはグアテマラ革命の崩壊に立ち会ったアルゼンチン人医師からゲリラ戦の訓練を受けたました。
そして満を持して1956年12月にヨットでキューバに上陸。政府軍への2年あまりのゲリラを行った末に、1959年1月1日にバティスタを国外逃亡に追い込むことに成功。
実はこの様子も映画『ゴッドファーザー3』に描かれています!
話を戻します。
キューバ危機
革命軍はハバナに入城、キューバに革命政権(カストロ政権)が誕生しました。
そして一番大切なのは、
バティスタ政権を失ったアメリカは、革命政権を敵視するようになった
ということです。
甘い汁をキューバで吸えた政府やそれをさせる大企業がキューバから撤退させられたため、一気に反キューバの風潮が広がります。
ここで、キューバはソ連と同じ共産主義であるソ連と正式に外交関係を結ぶのです。
これには「冷戦」が関係していて、ソ連にキューバのサトウキビを大量に売りつけました。
ちなみにソ連が砂糖に困っていたわけではなく、ただアメリカ近くに敵対する国を置きたかっただけです。(ソ連やロシアなどの寒い地域ではビートが取れます)
1962年2月3日、アメリカのジョン・F・ケネディ大統領はキューバとの輸出入を全面禁止し、キューバの経済封鎖を行うと発表しました。
これは、キューバにソ連が弾道ミサイルの基地を建設していることと、ミサイルの搬入が明らかとなったことが原因です。
キューバのミサイル基地の建設の様子はアン=ハサウェイ主演の『マクマホンファイル』でも描かれています。
アメリカとソ連がともに核兵器を持っていたこと、一触即発の状態が続いたことなどから「第三次世界大戦」ともいわれています。
このキューバ危機は米ソの妥協によって核戦争は回避されたましたがアメリカとキューバの関係は一挙に悪化していきました。
(その後キューバは世界革命を起こそうとして北ベトナムなどにゲリラ集団を派遣しました。)
最後に
いかがだったでしょうか。
キューバは面積に比べて、重要な出来事や様々な映画や本などで描かれていることが多い国です。
長々となってしまいましたが、以上のことを頭の片隅に入れておくだけで映画やニュース、本などを見たときに「あっ、こういうことだったのか」となると思ます。
その他の国や地域についての記事は以下から。
またラテンアメリカについてはこちらからご覧になれます。
テストで地理を使う人へ
テストや受験で地理を使う人は、以上のようなことをすべて覚える必要はありません。
難関大学などでは語句や人名が聞かれることはありますが、共通テスト程度なら「キューバ革命とは」「キューバ危機の理由」「キューバ=さとうきび=Aw気候」ということを覚えておけば大丈夫です。
またカリブ海=メキシコ湾岸では石油が豊富にとれること、プレートの位置(せばまる境界が多く地震があること)を覚えておきましょう。